ひたすら生態学(とその近隣)の本を推していくブログ

五文字では足りなかった……!情念で押していく所存です。みんな!ここに沼があるよ!

【会読・読書ノート】生物から見た世界/ヤーコブ・フォン・ユクスキュル,ゲオルク・クリサート(著).日高敏隆,野田保之(訳)/思索社【第一部・四章】

はじめに

この本(生物から見た世界/ユクスキュル)は、大変素晴らしい本だと思うのですが、私の力が及ばず、現状、私はきちんとした深い読みができていません。理解を深めるために、会読を進めていこうと思います。「インターネットを使えるなら、会読の要約(レジュメ)はぜひともネット上に公開すべきだ(独学大全・p.192)」の言葉に基いて、こちらにアップしていきます。ご示唆・ツッコミは大歓迎です。(レジュメ作成には、昭和48年6月30日に思索社から発行された版を用いています。現在岩波文庫から出ている新版とは、ページ数や訳語が異なる、第二部やアドルフ・ポルトマンによる解説が存在する、等の差異があります)

 

第一部


〈四章〉簡単な環境世界


【要約】
たったひとつの知覚標識しかもたないような、非常に単純な環境世界では、空間と時間は意味をもたない。そもそも、空間と時間は数多くの知覚標識の区別にとって役に立つものであり、主体に対して直接的な利益はもたらさない。


例えば、ゾウリムシ(Paramaecium)においては、その環境世界では、常に同一の知覚標識だけしか取り上げない(その環境にはじつに様々なものが存在するにも関わらず)。


ゾウリムシに何らかの刺激を与えると、ゾウリムシは逃避運動をおこす。後方へ退き、向きを変えて、さらに前進運動をはじめることで、障害物から遠ざかる。


この一連の動きにより、「物にぶつかった」という知覚標識は消去される。これはぶつかったものがどのようなものであれ、同一の知覚標識であり、常に同一の作用標識によって消去されているといえる。


唯一、ゾウリムシに刺激を与えないのは、餌である腐敗バクテリアだ。腐敗バクテリアにぶつかると、ゾウリムシは静止する。


この事実は、自然はただひとつの機能環を用いて、生命をいかに目的的に作り上げることができるかを示す。

 


多細胞の動物でも、ただひとつの機能環で生きているものがいる。根口クラゲ(Rhizostcma)は、一種の泳ぐポンプのような形状で成っている。


細かいプランクトンを体全体で取り入れ、プランクトンを濾しとったあと、水だけを同じ口から吐き出す。この時、水を吐き出す動きにより、クラゲは前進する。


同時に、水中にある酸素を取り入れ、全身に巡らすることもできる。根口クラゲはたったひとつの動作で、3つの重要な機能を果たすことができる。


これは、クラゲの傘のふちにある器官(鐘のような形をしている)が、振動のたびごとに神経節を打ち、指令を出し続けていることによって起こっている。


根口クラゲはこの自己刺激→運動→自己刺激を、無限に繰り返している。そして、根口クラゲの環境世界においては、他の刺激は一切遮断されている。


すなわち、根口クラゲの環境世界には、生命のリズムを支配するいつも変わりない鐘の音が響いている。

 


根口クラゲのような、機能環がただひとつしかない場合には、反射動物といってもいいだろう。


他のクラゲでも、反射動物と呼んで差し支えないものがいる。このような動物は、反射弓が独立に活動し、中枢位からは何らの指図も受けていない。


このような、外部の器官が完全な反射弓を有している場合は、それを「反射個体(Reflexperson)」と呼ぶ。

 


ウニは、このような反射個体をたくさん備えて、全身に分布させている。そして、中枢からの指令なしに、おのおのが独自に反射機能を遂行する。


ウニはたくさんのトゲを持っており、皮膚に刺激を与える対象が近づくと、このトゲを立てる。このトゲの他に、柔らかく長い吸盤状の足(管足)があり、物をよじ登る時に使う。また、多くのウニは四種類のはさみ状のトゲ(叉棘)をもっている。これら全てが全く独立した反射個体である。


独立して動いているとはいえ、ウニの身体では、柔らかな管足が、鋭い叉棘に襲われる、ということは起こらない。したがって、これを「反射共和国(Reflexrepublik)」という名で呼ぶことができる。


この町の平和は、中枢位からの指令によるものではない。それは、アウトデルミン(Autodermin)(皮膚自己物質)という物質の存在により保たれる。


アウトデルミンは皮膚一面にごく低濃度に存在している。アウトデルミンは、濃度が高くなると反射個体の受容器を麻痺させる。このことから、同一主体の二つの皮膚面が接触することにより、アウトデルミンの濃度が高まり、反射が起きることを抑制する。


多数の反射個体をもつ反射共和国の場合は、機能環がバラバラに働くことから、これらの知覚標識は相互に無関係である。

 


一方で、比較としてダニを考える。前述のように、ダニの生命表現は、本質的に3つの反射から成り立っている。しかし、機能環に共通の知覚器官があることから、一つの統一体を作り上げている可能性がある。

 


このような可能性はウニにはない。圧迫刺激と知覚標識は完全に独立している。そのため、ウニは影に対してトゲを動かして反応する際、雲にも船にも、本当の敵である魚に対しても行う。

 

 


【感想】
・やっぱりユクスキュルはすごい……このあたりの分野は、神経生理学?とか、そのあたりの話なんじゃないだろうか。本当に(今で言うところの)広い分野の話を考えているんだなあ……。「生き物をとらえる・理解する」って、こういうことなのかな……。


・根口クラゲの最終文、要約できなかった!そのままもってきてしまった!あまりに素敵な表現だったので!「鐘の音だけが鳴り響く永遠の静寂」って……すごく……すごくイメージを喚起させる!


・この分野、今はどういう知見が得られているのかなー。

 

生態学キーノート/A. Mackenzie・A. S. Ball・S. R. Virdee(著)・岩城 英夫(訳)

生態学」ってどんな学問なのだろう?


「生態」とあるのだから、生き物の生きている様を調べる学問なのでは?」という回答もあるかもしれない。じゃあ、生態学をやっている人は、みんながみんな、生き物の生活史(その生き物がどのように生活しているのか)を調べている人ばかりなのか。


答えはおそらく否だ。例えば草原がどれだけの二酸化炭素を貯蓄しているのか調べているのは「植物生態学」の分野だ。そういう場合、バケツをひっくり返したような容器に野外の植物を閉じ込めたりして、草原の一年間の二酸化炭素の収支を測っていたりする。他にも、水中の環境DNAを調べている人がいたり、熱帯雨林の上から下までいったいどんな生物がいるのかリストアップしたりする人がいたり……じゃあ一体「生態学」って何なんだ。


本書「生態学キーノート」は、最初にその問いに答えるところから始まっている。生態学とは、生物とその環境の相互作用に関する学問だ、と定義づける。個人的に、この定義はとてもよくできているな、と思う。「環境」との「相互作用」なのだから、生き物は環境から影響を受けるし、環境もまた生き物から影響を受ける。そして、環境には物理的環境も、生物学的環境も含まれる。ヒトは肉を食べ魚を食べ野菜を食べることで「(生物学的)環境」から恩恵を受けている。また、呼吸により二酸化炭素を吐き出すことで、地球上の二酸化炭素の総量を変える(人間が「物理的環境に影響を与える」)。そういった、生き物と、それを取り巻く世界との「関わり方」を明らかにしていく学問なんだよ、というものが、この本における「生態学」の捉え方になっている。


生態学」という学問があるのは知っている。ただ、どこから手をつけていいのか分からない、という方。また、生態学をより深く知っていくための取っ掛かりがほしい、という方。もしそういう方がおられるのなら、私は迷わずこの本をおすすめしたい。いや〜いい本……いい本なんですよ……。


まず、構造的に見やすい。
ざっくりとした説明で、本に対して大変恐縮なのだけれど「概要」→「基礎知識」→「大きな話」→「小さめ(個別の)話」→「大きな話(地球全体規模)」→「近年起きている諸問題・応用の話」という流れになっているので、生態学の全体像が把握しやすい。


具体的には、最初に、冒頭に述べたような「生態学とはどういう学問か」の説明がある。そこから、生態学の10規則の説明に移る。生態学の10規則は以下のように示される。


生態学は科学である
生態学は進化の観点からのみ理解できる
・種の利益のためには何事も起こらない
・遺伝子と環境の両方が重要
・複雑なものを理解するためにはモデルが必要
・「物語」は危険
・説明にも階層性がある
・生物には多くの制約がある
・偶然も重要である
生態学の境界は生態学者の心の中にある


(個人的に「生態学は進化の観点からのみ理解できる」がすごい抉ってくる……進化よわよわの私には大変耳が痛い……)。


さらに、地球上の気候を大まかに紹介し、個体群の話から、個体群の中の種内競争の話へと移る。そして種間関係(群集)の話になり、特徴的な景観の話に移る。後ろの方には、生物濃縮や外来種問題などの、近年の環境の諸問題について説明がある。これらの流れに従って読んでいくうちに、「生態学」という学問の全体像がイメージされる構造になっている。


しかし、「最初から最後まで読むのは面倒だ」という方もいるかもしれない。それに対しても、大丈夫だ、と太鼓判を押させていただきたい。どの章も基本的に一章で完結しているので、どこから読んでもオーケーな形になっている。ぱらぱらとめくって、気になった章だけ読んでいくのでも、十分お役に立てると思う。


この本のレイアウトは、とにかく見やすい。
章の最初に「まとめ」を持ってくることで、その章全体の内容が理解できるようになっている。
また、重要な語句を最初にピックアップし、それに対して説明を付け加える形になっている。
なにより、本自体が大きめで、余白もたっぷりとってある。「生態学キー『ノート』」の名前は伊達じゃない。自分が調べたことや、疑問・考えたことなんかもたくさん書き込める。
たくさん書き込んで、是非、あなただけの一冊、あなただけの「生態学キーノート」に仕上げてほしい。


そして、大変いい本、大変いい本と連呼し、ここまで書いておいて、最後に大変……大変残念なお知らせを……この「生態学キーノート」、現在絶版となっています……
是非是非の復活を!と願わずにはいられない。その祈りを込めて、ここで強く強く推させていただきたい。

Conservation Biology 2021年6月号 もくじ

Essays

Importance of species translocations under rapid climate change
急速な気候変動下での種の位置の移動の重要性
Nathalie Butt, Alienor L.M. Chauvenet, Vanessa M. Adams, Maria Beger, Rachael V. Gallagher, Danielle F. Shanahan, Michelle Ward, James E.M. Watson, Hugh P. Possingham
Pages: 775-783 First Published:13 October 2020


Rethinking the study of human–wildlife coexistence
人間についての研究の再考ー自然との共生
Simon Pooley, Saloni Bhatia, Anirudhkumar Vasava
Pages: 784-793 First Published:12 October 2020


Conservation lessons from taboos and trolley problems
タブーとトロッコ問題からの生態学レッスン
Mark W. Schwartz
Pages: 794-803 First Published:27 August 2020


Adapting participatory processes to fine-tune conservation approaches in multiactor decision settings
多機能的な決定の設定における保全へのアプローチの調整に対する、一般参加型プロセスへの適応
Arnaud Buchs, Emeline Hassenforder, Yves Meinard
Pages: 804-815 First Published:12 October 2020

Markets and the crowding out of conservation-relevant behavior
保全と関連性のある行動の外にある市場と混雑
Joshua E. Cinner, Michele L. Barnes, Georgina G. Gurney, Stewart Lockie, Cristian Rojas
Pages: 816-823 First Published:11 August 2020

 

An economic evaluation framework for land-use-based conservation policy instruments in a changing climate
気候が変動する中における土地利用に基づいた保全計画の手段に対する経済的評価のフレームワーク
Charlotte Gerling, Frank Wätzold
Pages: 824-833 First Published:03 September 2020

 

Contributed Papers

Benefits of protected areas for nonbreeding waterbirds adjusting their distributions under climate warming
繁殖しない水鳥が温暖化下における分布の調整を行うことによる保護区の利益
Elie Gaget, Diego Pavón-Jordán, Alison Johnston, Aleksi Lehikoinen, Wesley M. Hochachka, Brett K. Sandercock, Alaaeldin Soultan, Hichem Azafzaf, Nadjiba Bendjedda, Taulant Bino, Luka Božič, Preben Clausen, Mohamed Dakki, Koen Devos, Cristi Domsa, Vitor Encarnação, Kiraz Erciyas-Yavuz, Sándor Faragó, Teresa Frost, Clemence Gaudard, Lívia Gosztonyi, Fredrik Haas, Menno Hornman, Tom Langendoen, Christina Ieronymidou, Vasiliy A. Kostyushin, Lesley J. Lewis, Svein-Håkon Lorentsen, Leho Luigujõe, Włodzimierz Meissner, Tibor Mikuska, Blas Molina, Zuzana Musilová, Viktor Natykanets, Jean-Yves Paquet, Nicky Petkov, Danae Portolou, Jozef Ridzoň, Samir Sayoud, Marko Šćiban, Laimonas Sniauksta, Antra Stīpniece, Nicolas Strebel, Norbert Teufelbauer, Goran Topić, Danka Uzunova, Andrej Vizi, Johannes Wahl, Marco Zenatello, Jon E. Brommer
Pages: 834-845 First Published:02 October 2020

 

Trends in seabird breeding populations across the Great Barrier Reef
グレートバリアリーフ間の海鳥の繁殖個体群の傾向
Bradley K. Woodworth, Richard A. Fuller, Graham Hemson, Andrew McDougall, Bradley C. Congdon, Matthew Low
Pages: 846-858 First Published:03 September 2020


Using long-term data for a reintroduced population to empirically estimate future consequences of inbreeding
実験的な推定に再導入個体群の長期的なデータを用いた、近親交配の将来的な結果
Doug P. Armstrong, Elizabeth H. Parlato, Barbara Egli, Wendy J. Dimond, Renske Kwikkel, Åsa Berggren, Mhairi McCready, Kevin A. Parker, John G. Ewen
Pages: 859-869 First Published:30 September 2020

 

Determinants of population persistence and abundance of terrestrial and arboreal vertebrates stranded in tropical forest land-bridge islands
陸地と橋渡しされた島における、陸生と樹上性の脊椎動物の量と個体群の存続しやすさとの決定法
Maíra Benchimol, Carlos A. Peres
Pages: 870-883 First Published:27 August 2020

 

Geology-dependent impacts of forest conversion on stream fish diversity
森林の変化が流域の魚の多様性に及ぼす地質に依存したインパク
Nobuo Ishiyama, Kazuki Miura, Takahiro Inoue, Masanao Sueyoshi, Futoshi Nakamura
Pages: 884-896 First Published:14 October 2020


Automated conservation assessment of the orchid family with deep learning
深層学習を利用したラン科の自動保全判定
Alexander Zizka, Daniele Silvestro, Pati Vitt, Tiffany M. Knight
Pages: 897-908 First Published:25 August 2020


Incorporating putatively neutral and adaptive genomic data into marine conservation planning
推定的な中立と適応のゲノムデータの、海洋の保全計画への組み込み
Amanda Xuereb, Cassidy C. D'Aloia, Marco Andrello, Louis Bernatchez, Marie-Josée Fortin
Pages: 909-920 First Published:12 August 2020


Evaluating the social and ecological effectiveness of partially protected marine areas
部分的に保護された海洋エリアの社会的・生態学的効果の評価
John W. Turnbull, Emma L. Johnston, Graeme F. Clark
Pages: 921-932 First Published:14 January 2021


Global protected-area coverage and human pressure on tidal flats
干潟における地球規模の保護地域の範囲と人間活動の圧力
Narelle K. Hill, Bradley K. Woodworth, Stuart R. Phinn, Nicholas J. Murray, Richard A. Fuller
Pages: 933-943 First Published:23 September 2020

 

Consequences of ignoring dispersal variation in network models for landscape connectivity
景観で繋がっているネットワークモデルでの、分散の個体差の無視の結果
Lauren L. Sullivan, Matthew J. Michalska-Smith, Katie P. Sperry, David A. Moeller, Allison K. Shaw
Pages: 944-954 First Published:25 September 2020

 

Reallocating budgets among ongoing and emerging conservation projects
保全計画のうちの実行されているものとこれからのものの間の予算の再配分
Chung-Huey Wu, Aaron J. Dodd, Cindy E. Hauser, Michael A. McCarthy
Pages: 955-966 First Published:09 July 2020

 

Gillnet illumination as an effective measure to reduce sea turtle bycatch
ウミガメの混獲を減らすための効果的な指標としての刺網の明かり
Phil Allman, Andrews Agyekumhene, Leyna Stemle
Pages: 967-975 First Published:30 September 2020

 

Relative influence of environmental factors and fishing on coral reef fish assemblages
珊瑚礁の魚の群れに対する環境要因と釣りの影響の比較
Eva C. McClure, Andrew S. Hoey, Katie T. Sievers, Rene A. Abesamis, Garry R. Russ
Pages: 976-990 First Published:16 September 2020

 

Using fisher-contributed secondary fins to fill critical shark-fisheries data gaps
漁業者の貢献による、サメの二次ヒレ(フカヒレにならない部分)を使い、サメの漁場の深刻なデータの不足を補う
Jessica R. Quinlan, Shannon J. O'Leary, Andrew T. Fields, Martin Benavides, Emily Stumpf, Ramon Carcamo, Joel Cruz, Derrick Lewis, Beverly Wade, George Amato, Sergios-Orestis Kolokotronis, Gina M. Clementi, Demian D. Chapman
Pages: 991-1001 First Published:04 February 2021


The importance of Indigenous Peoples’ lands for the conservation of terrestrial mammals
陸生哺乳類の保全に対する、先住民の土地での重要性
Christopher J. O'Bryan, Stephen T. Garnett, Julia E. Fa, Ian Leiper, Jose A. Rehbein, Álvaro Fernández-Llamazares, Micha V. Jackson, Harry D. Jonas, Eduardo S. Brondizio, Neil D. Burgess, Catherine J. Robinson, Kerstin K. Zander, Zsolt Molnár, Oscar Venter, James E. M. Watson
Pages: 1002-1008 First Published:27 August 2020

 

Understanding the distribution of bushmeat hunting effort across landscapes by testing hypotheses about human foraging
人の採餌行動についての「味覚仮説」からの、野生動物の肉における、景観間の狩りの努力の分布の理解
Jedediah F. Brodie, Jose M. V. Fragoso
Pages: 1009-1018 First Published:19 August 2020

 

How the diversity of human concepts of nature affects conservation of biodiversity
生物多様性保全へ悪影響を及ぼす、ヒトの概念の多様性はどのようなものか
Frédéric Ducarme, Fabrice Flipo, Denis Couvet
Pages: 1019-1028 First Published:29 September 2020


Conservation Methods

Mapping shifts in spatial synchrony in grassland birds to inform conservation planning
保全計画に情報を与えるための、草原の鳥類の空間に同調しているマップ作りの変化
Michael C. Allen, Julie L. Lockwood
Pages: 1029-1038 First Published:28 October 2020


Developing shared qualitative models for complex systems
複雑なシステムの質的共有モデルの発展
Katie Moon, Nicola K Browne
Pages: 1039-1050 First Published:05 September 2020


Diversity

Online multiplayer games as virtual laboratories for collecting data on social-ecological decision making
社会学的ー生態学的な決定を行う上での、正確なデータのための仮想の研究室となるオンライン上のマルチプレイヤーゲーム
A. Bradley Duthie, Jeroen Minderman, O. Sarobidy Rakotonarivo, Gabriela Ochoa, Nils Bunnefeld
Pages: 1051-1053 First Published:09 September 2020


BOOK REVIEW

Cats among the Conservationists
保全生態学者にとってのネコ
Ron Moorhouse

【会読・読書ノート】生物から見た世界/ヤーコブ・フォン・ユクスキュル,ゲオルク・クリサート(著).日高敏隆,野田保之(訳)/思索社【第一部・三章】

はじめに

この本(生物から見た世界/ユクスキュル)は、大変素晴らしい本だと思うのですが、私の力が及ばず、現状、私はきちんとした深い読みができていません。理解を深めるために、会読を進めていこうと思います。「インターネットを使えるなら、会読の要約(レジュメ)はぜひともネット上に公開すべきだ(独学大全・p192)」の言葉に基いて、こちらにアップしていきます。ご示唆・ツッコミは大歓迎です。(レジュメ作成には、昭和48年6月30日に思索社から発行された版を用いています。現在岩波文庫から出ている新版とは、ページ数や訳語が異なる、第二部やアドルフ・ポルトマンによる解説が存在する、等の差異があります)

 

第一部


〈三章〉知覚時間
 
【要約】
カール・エルンスト・フォン・ベーアは、時間は主体が生み出したものと説明した。時間は、最小単位である「瞬間」が連続することで成立する。そのため、主体が、どのくらいの長さの時間を「瞬間」として捉えるかにより、時間は異なる(逆に言えば、時間の区切り・時間の途切れ目として感じてしまう長さは、生物により違う)。すなわち、環境世界ごとに時間は異なっている。


 
人間では、瞬間の長さは1秒の1/18である。例えば、1秒間に18回以上の空気振動は、単一の音となってしまうし、1秒間に18回以上皮膚をつつくと一様な圧迫として感知される。映画も、1秒の1/18の速さでコマが送られることで連続した映像になっている。


 
人間の目で捉えられないような、素早い動物の行動を可視化しようとするときは、ツァイトルーペを用いる。ツァイトルーペとは、一秒間内に多くの映像を撮影し、これを通常の速度で映写するやり方である。運動の過程をゆっくりとした流れに引き伸ばすことで、人間の時間のテンポ(1秒に1/18)よりも早い現象を観察することができる。逆に、ツァイトトラッファー(低速度映画)は、われわれのテンポにとってはのろすぎる現象を可視化することができる。
 


では、我々と異なる知覚時間をもち、その環境世界での時間経過が人間と異なるような動物はいるのだろうか。

 
ドイツの若い研究家が、この方面に先鞭をつけ、トウギョの研究を行っている。その結果、トウギョは少なくとも1秒間に30回(1/30)のコマ送りではないと動いているとは認識できないことがわかった。また、別の研究者による実験では、最高速度の検証が行われた。トウギョにとっては「1/50」秒を超えた動きだと、連続した動きとして見えることが示された。したがって、活動の敏捷な獲物を食べているこれらの魚では、すべての運動がその環境世界内ではスローモーションのようなゆっくりとしたテンポで現れる。

 
また、逆に、カタツムリの実験からは、カタツムリの知覚時間が一秒間に三から四の時間のテンポで流れていることが示されている。つまり、カタツムリの環境世界では、すべての運動は人間の環境世界におけるよりもずっと早い。すなわち、カタツムリの主観的には、自身の運動はのろくないと感じているだろう。
 
 
【感想】
・時間を主体による微分……微分的な考え方?で捉えている、という理解でいいのかしら?

 

・そういえば、格ゲー大好きな友達が、秒?を分割した単位を「フレーム」とか表現していたような……「この技の発生は〇フレームで、それは人間の認知ギリギリだから、まず返せない、だから……」とかいろいろ教えてくれていたのだけれど、私は全く分からず「人間の時間認知ってすごいなー。反射速度も、訓練でそこまで上げられるんだー」ぐらいのことしか理解できなかったので、大変申し訳なく、また、勿体ないことをしたなーとしみじみ思っている……
 

読書猿さん(くるぶしさん)への私淑

読書猿さん(くるぶしさん)のブログは、大学院時代から拝見している。それがために、それだけを根拠に「私淑」と言いたいわけではなく、私は読書猿さんに、「学び」の面で大きく3回助けていただいているので、このタイトルにしてみた。(※完全に自分にとってだけの話なので、読書猿さんからすると全く「ど、どういうこと!?」というお話だと思う…………)「師」、現在までのところ、ラストのお話。そして現在進行形でもあるお話。


大学院時代の話をいろいろ書いては来たのだけど、所属していた研究室の直接のボスのことをあまり書いてこなかった。研究室では、指導教官からのアカデミック・ハラスメントを筆頭とした各種ハラスメントがひどく(※セクシュアルなものに関しては、のちに所属大学が事実関係を認定)ちょっと、本当に、しんどい時期でもあった。

そういう時に、読書猿さんのブログを拝見しながら、「すごい方がいらっしゃるな」「『学問』自体、それそのものは、決して悪いものではなく、こんなにも素敵なものなんだな」と、いつもとても励まされる気持ちだった。

特に好きだったのが「図書館となら、できること」シリーズで、最初は「人文系の方々にとって、本当に図書館ってすごいんだな。うらやましいな」という思いだった(※元々、文系に対する憧れがある)。しかし、何度も読んでいくうちに「あれ?この書いておられる内容は、別に文系理系とか全然関係ない話なのではないだろうか」と思うようになった。

さいころから、図書館はとても好きで、でも、大学に入ってからかえって足が遠のいていた。私は本自体もとても好きだった。しかし、指導教官が「本なんて読んでいる暇はない。論文を読め」というスタンスの方であり、実際によく口にされてもいた。そして、理系全体ではわからないけれど、少なくとも私のいた分野では、本は論文よりも一段劣るものとされていたように思う。

ただ、私としては、「本」の形だと、その著者の考え方全体が分かる感じであること、また初めての分野などに対しては論文よりもとっつきやすい部分があること、などから、本もとても好きだった。自分のそういう部分、本に対する愛着を恥じてもいたのだけれど、どうしてもその「好き」を手放すことができなかった。読書猿さんのブログは、そこに対して、本を好きでいていいのだ、自分でいいのだ、と、優しく背中を押してくれているようで、とても嬉しく、有難かった。

そのうち、研究室を抜け出して、大学の図書館にもちょくちょく行くようにもなった。物理的に離れることも大事であったのだけれど、そういう時は「自分は、今、何を読んでもいいのだ」と思えて、ふと息がつける、息ができるような思いがあった。

自分の専門とは全然関係ない本を、ぼんやり読むこともあった。あれこれと読んでいた本のなかに、古代ギリシャのテオプラストスの書いた植物学の本があった。読んでいくうちに、まずそれが2000年以上も前に書かれた本であること、そして植物に対する深い愛とまなざしがあること、植物種が分類されて綿密に記載されていること……などなとに、門外漢ながら、とても深く感銘を受けた。

あの時期に、そんな時間を過ごすことができたのは、自分にとって本当によかったな、と思っている。読書猿さんのブログを読んでいなかったら「図書館にいく」なんて考えは、全く頭に浮かばなかった。「図書館は、いいところだよ。素敵なところだよ」と、いざなって下さったから、私は、あの辛い日々を持ちこたえることができたのではないかと思う。


ただ、いろいろ頑張りはしたのだけれど、私は結局博士の学位を得ることができなかった。しかも、持病ができてしまった。それでも日常は続くので、日々を忙しくは過ごしていた。しかし、ぼんやりとした違和感のようなものをいつも抱えていたように思う。そのうちに、何かこう、自分で少し書く場所が欲しくてTwitterを始めた。もちろん読書猿さんをフォローした。ただ、自分は生態学を途中でやめてしまったという引け目から、あまりアクティブな気持ちにはなれていなかったように思う。「私ごときが」という思いがどうしても抜けなかった。

確か昨年4月の頭に「なにか自分のやりたいことを、勇気を出して書いてみよう!」というTweetがTLに流れてきた。ふと、思い立って(それこそ勇気を出して)、「生態学を全然知らない、でもちょっと始めてみたいな、という方のための、生態学の本の紹介をしてみたい」と書いた。

しばらくして、いきなりリツイート通知が来て、びっくりした。しかも、それがなんと、読書猿さんだったので、むちゃくちゃびっくりした。バスの待ち時間に確認していたのだけれど、あまりの衝撃で、目の前に来たバスに危うく乗りそこねそうになるぐらいだった。本当にびっくりした。

さんざんびっくりしたあと、読書猿さんへの感謝の念とともに、やる気がむくむくと湧いてきた。こんな私だけど、自分の好きなことで、もしかすると少しぐらい、人の役に立てたりすることがあるのかもしれない。そんな風に思えた。

それから少しずつ、腰を入れて生態学関連の本を読み返したり、を始められるようになった。それは、なにか、自分自身を少しずつ取り戻していく作業でもあったように思う。そして、そういう気持ちを取り戻せたのは、本当に嬉しく、ありがたいことだとも思っている。読書猿さんには、ちょっとこう、私の語彙力ではどう申し上げていいのか上手くいい表せないぐらい、とてもとても感謝している。


さて、勉強を始めたのはいいけれど、なかなか時間もとれないし、効率も悪い。困ったな……と思っていたところに、まさに降臨した(※ほんと主観的には)のが、「独学大全」だった。読書猿さんご自身からのアナウンスがあったとき、今、まさにそれ!それが必要なんですよ!という思いだった。それはもう、即、予約した。

実際に自分の手元に届いた時は、事前に想定していた厚さをはるかに上回る分厚さだったため、一瞬、「私にこれが使いこなせるだろうか……」という気持ちになった。実際、書かれている55の技法のうち、現在までのところ、私が実践できているのはまだ15個だ。ただ、しかし、それでも自分の学びの大きな大きな助けになり、力になっているな、ということが実感できている。

技法が多い、ということは、ある技法が自分に向いていなくとも、他の技法を試せばいいし、組み合わせて使うこともできる(自分的には、コミットメントレターと2ミニッツ・スターターの組み合わせが、取りかかりのハードルをとても下げてくれる)なにしろ、独学大全はTwitterで毎日「これはすごい!」と流れてくるし、ブログでもとても素敵なことを書かれたりしていらっしゃる方もおられる。

「独学は孤学ではない」と読書猿さんが言われていて、それはまた少し違う意味を含んではいるのだろうけれど、それでも、「独学大全」を通じて、これだけの人が独学を志し、独学に取り組んでいる、ということが可視化されたのは、本当にすごいことだと思う。また、その中のひとりとして、やはり、他の人がこんなに頑張っている、ということがわかるのは、嬉しいことだな、とも思う。


さらに、そこから繋がれて、独学広場広報の方から「独学広場」に誘っていただけたのも、自分の学びを続けていく上で、とても大きかったと思う。独学広場で、毎日のコミットメントレターとラーニングログをつけることを習慣化していて、おかげさまで半年ぐらい続いている。

管理人の方々も優しく、とても雰囲気のよい学びの場だな、と思い、いつもお邪魔させていただいている。場を設け、維持して下さっている管理人の方々には、本当に感謝の念に堪えない。

学びの場にはわりと長くいたのだけれど、そこは基本的に「戦え。背中を見せるな。研究室・大学の誉れたれ」のような場だった。間違えることや、ましてや弱音を吐くことは、全く許されていなかった。でも、前述のようにいろいろあって、今、独学広場にいさせてもらって、日々「あーできなかったー」「これがしんどい」などと愚痴りつつ過ごしている。独学広場は、それが全然許して貰える場で、温かく見守ってもらったり、優しいアドバイスを貰えたりする場で、やっと、ここにきて、自分の学びが始まったような気がする。これから、これから、と思って、毎日を過ごしている。


さて、しかし、そもそも「師」、読書猿さんは……なんというか深すぎて、まるで人物像が掴めていない。独学大全の「私淑」の項目では、「師について情報を集め、自分の中で師の像を作り、『師ならどうするか』を考える」という主旨のことが書いてある。

読書猿さんの「アイデア大全」「問題解決大全」も読んだり使ったりしてはいる。独学大全フェアも行き、読書猿さんが読まれた本、独学大全のベースになっている本のリストも手にいれはした。しかし、ちょっとこう……師の履修範囲が広すぎて、全くと言っていいほどわからないことが多すぎる。ご著書の著者紹介欄に「正体不明」と書かれておられるのは伊達ではないなあ……と思い知らさせる。

Twitterひとつとっても、真面目な量子力学Tweet、数学のお話が流れてくるかと思うと、お茶目なリツイートが流れてくる。例えば、私の記憶が確かならば、こないだ、キャプテン翼と競馬?関係のトンデモ画像が、読書猿さんからリツイートで流れてきた、はず……。サイゼリヤ情報も読書猿さんからだったり……。そして時折、私のネタツイをリツイートして下さって、泡を吹くこともあり……。出版社の担当の方が、「読書猿さんは大変心が広い」とおっしゃっていたけれど、大きく、そこは大きくうなずき、同意させていただきたいなあと思う。

そういったわけで、現状、私には読書猿さんはもう「指」どころか、「姿」が見えていない。姿も見えない、また力も伴わないのに「私淑」はまあ……噴飯ものだとは思うのだけれど、ただ、読書猿さんはとんでもなく綺麗な「月」を見ておられて、私にもそれだけはわかるので、小さく小さく遠くともいいから、そんな「月」が見てみたいなあ、という望み、野望はある。「月はいつもそこにある」のなら、見ようと思ってあれこれやっているうちに、もしかすると、少しは見えてくることはあるかもしれない。


そして、まずは、「師」にお伺いしたいことがある。読書猿さんは、生態学の教科書として、ベゴンの「生態学」を挙げられている(独学大全でも、ブログでも)。ベゴンの生態学、むちゃくちゃ名著だと思う。大学院時代に、隣の研究室と合同で原著の輪読をしていたけど、本当に読み応えのある、しっかりしたいい本だと思う。まだ全部は読み切れていないので、独学大全で推していただいて、よし!という気持ちになった。

では他に、読書猿さんが、生態学の本で「よし」とされている、「推し本」には、どんな本があるのだろうか。とても気になっている。マシュマロのご回答で挙げられていた、「学んでみると生態学は面白い」「生き物の進化ゲーム」は読むとして、さらにどんな本があるのか、是非お伺いしてみたい。

私は、独学大全冒頭の「老生物学者との出会い」のお話がとても好きで、おそらく読書猿さんは、生物学も生態学も、ご造詣がとても深くておられるだろうなと思っている。しかも読書猿さんは、生態学も生物学もたくさんいろいろお読みになっておられるので、その「読書の森」の中から、さらに何を選ばれるのかがとても気になって仕方がない。

いずれ何らかの方法で、お邪魔でない方法で、お伺いしてみたいものだと思っていたのだけれど、読書猿さんはお忙しいから……と思っていたのと、私が、自分の、あまり人と人の間の機微がわかっていない傾向を知っているため、よしそのうちに、そのうちに……とためらっていた。

そうしたら、大全シリーズの刊行とベストセラー化で、おそらくさらにお忙しくなっておられるような状況で……。いや、でも、もうこの瞬間、このタイミングだよな……さらにさらにお忙しくなるだろうから……。とりあえず、これを書き終わったら、質問文の文面を考えて、書いて、マシュマロでお伺いしようと思っている。(でも、これ、実は方法的にもタイミング的にも最悪手だったりしないだろうか……)(いや、やらないより、やった方がいいことかもしれない)


よし、じゃあ、そんなわけで!


【コミットメントレター】
読書猿さんのマシュマロで、生態学の推し本を伺う


おれはやるぜ。おれはやるぜ。

国際学会での先生方との思い出

「国際学会」ってタイトルに入っているから、読んでいただいている方に、なんかこう……すごい敷居の高い話なんじゃと思われたら嫌だなと……それは誤解です……国際学会、大きいのも小ちゃいのも色々ありますし……あと、こういうのは正直に書いておこう。

 

私のTOEIC最高点は595点です。(※勉強した結果で)(※お察し下さい)

 

そんな感じで、毎回、あっぷあっぷでこなしていた国際学会。そんな中で、外国の先生方も大変優しかった、というお話を書いておきたいな、と思った。

 

とある国際学会でのお話。Manly-and-Parr法の、Parr先生のお話。

 

学会発表の時には、自分の発表内容を短くまとめた「要旨」(アブストラクト)を提出する。私の当時の発表の概要は、「絶滅危惧種の個体数の推定法」にまつわるものだった。

 

ある生息地にどのぐらいの数の生き物がいるのか、を推定するのは、実は結構難しい。というのも、まさか全部捕まえて数を数えるなんてできないからだ。

 

特に絶滅危惧種なんて、捕獲する際に傷ついたり、個体の行動に影響を与えてしまったり、なんてしてしまったら最悪だ。そのため、対象の生物種を直接捕獲せずに推定する方法を考える必要がある。

 

その時の私の研究の発表内容としては、いくつかの方法を複合(合体)して使うことで、対象種への影響を最小限で済ませることができるよーというものだった。その中の、個体数の推定のひとつとして「Manly and Parr法」を挙げていた。

 

その研究発表の当日、当然のようにめちゃくちゃ緊張していた。国際学会の発表は2度目、しかも英語は全然できない、ときている。(※どうしてそんなことに)(※いろいろありまして……)

 

研究室の方針で、学会発表時はスーツ着用だった。緊張のあまり、朝食の後もスーツ姿でホテル内を落ち着きなく歩きまわっていた、と思う(※完全に不審者)。そして、学会発表用の名札もつけたままだった(今考えても……恥ずかしい……)。

 

ホテルの廊下の大きな鏡の前で、何か服装で変なところはないか、とチェックした後のことだったように思う。

 

通りかかった白髪の老紳士が「今日の(学会)発表かね」と声をかけて下さった。私にも聞き取りやすい、はっきりした英語だった。

 

つたない英語を駆使しながら「そうなんです……とても緊張してしまって……」とお返事したところ……あれ?この方、私と同じ名札をつけている……?

 

あっ……あっ……Parr先生だ……私がアブストラクトに書いていた、「Manly-and-Parr」法を開発された、まさにご本人だ……

 

いやもう、びっくりした。本当にびっくりした。しかし、Parr先生は、全くおかまいなしに「大丈夫だよ!」と気さくに、大変フランクに話しかけて下さる……。

 

「いいかい、口頭発表にはいくつかのコツがある。まず簡単なようで難しいこと。マイクはまっすぐ、胸の位置で持つ。このぐらいだよ!(※実際にやって見せてくださった)せっかく良い発表でも、聞こえないと意味がないからね。それから、原稿を見ないこと!みんな、君の話が聞きたいんだ。原稿の文章を聞きたいわけじゃない。自分の言葉で、みんなに伝えるんだよ!大丈夫、君はちゃんとできるよ!」

 

明るく、そして爽やかに伝えて下さると、Parr先生は矍鑠と……というより、むしろさっそうと去っていかれた。私は自分の幸運に呆然としつつ、でも「よし!発表頑張ろう!」という前向きな気持ちをもちつつ、学会の会場に向かった。

 

発表は、思ったよりはよくできた。ただ、結果には繋がらず、研究発表の「賞」は、一緒に来ている同期がとった。自分としてはよく頑張ったと思える出来だったので、そこはあまり気にはしていなかった。だいたい、同期は大変良くできたので、自分を比較するのもおこがましい……。

 

日本へ帰る荷造りをしている時に、なぜかまた再びParr先生のお目にかかった。ロビー等ではなく、ホテルの廊下の出会いがしらだったように思う。

 

Parr先生は何故か私のことを覚えていてくれて「君か!発表とっても良かったよ!でも賞が取れなくてそこは残念だった!」Parr先生は、何故か発表者本人の私なんかより、よっぽど残念そうにしてくれていた(優しい先生だなーとしみじみ思った……)Parr先生は続けて、

 

「君の発表は大変良かった。君の発表は二番目に良かった。ただ、君の友人の方が、ちょっとだけ良かった。本当にちょっとの差だった」とさらに慰めて下さった。

 

いや多分贔屓目に見ても、同期と私の差は「ちょっと」ではなかったろうなあ……と自分でも思うので、そこは本当に慰めて下さったのだろうなあ、と思う。むしろ、そんな、少し口をきいただけの私のことを、本当に気にかけて下さったんだなあ、と、そこが嬉しかったし、今でも大変有難く思い返す。

 

そして、やはり今思い返すと、私みたいな若手(※当時)ぺーぺーの発表にも、有名な先生が来てくださることはけっこうあった気がする。

 

ポスター発表でシミュレーション関係をやったら、その本のご著者のAkcakaya先生が、ビール片手にいきなりいらしたこともあったな……(※外国の学会では、発表のコアタイムとぶつけて、立食パーティ的な催しがある)

 

基本的に外国にいらっしゃる先生は、英語ネイティブではない私達みたいな学生にも、かえってとても分かりやすい英語を使ってくださる印象がある。そして、質疑応答の時とかも、こちらがきちんと表現できていない部分まで汲んで下さるので、本当にありがたい。

 

今、できれば再び、大学院に戻って、自分のやってきたことを一つの形にしたいと考えている。もし、戻れたならば、やはりまた国際学会での発表はやってみたいなーと思っている。今はオンラインの学会も多く、それはそれで自分の新たな挑戦になるので、そちらも国内外を問わず是非トライしてみたい、と考えている。

 

自分の研究について、また、自分の言葉で語れる日が来るといいな、と思っている。

個体群生態学者・桐谷圭治先生との思い出

私は、自分のことを「アホだ」と思うことが多い。思い込みが強く、思い込みに固執し、頑固で融通がきかない。方向転換が苦手で、知的な軽やかさを持てない。ただ、私の人生にとって、本当に幸運だと思うのは、そんな私にでも、優しく、厳しく、粘り強く、付き合って下さる先生がいてくださったことだと思う。


桐谷圭治先生は、私にとっては個体群生態学の先生だ。いつの間にかWikipediaで記事ができていて、すごく華やかなお話や経歴なんかがたくさん書いてあって、私なんかでは、とても存じ上げないようなお話などもあって、とてもびっくりした。ただ、なにかこう、それは私にとっては、納得するようなところもあり、そうでないようなところもあった。

 

確かに、桐谷先生は、本当に素晴らしい先生だし、立派な、すごい研究者だったと思う。ただ、そういった「素晴らしい」部分が強く打ち出されて、「畏れ多い」「近づき難い」ような印象になってしまうと、それはそれで、少し違うような気がしてしまう。私などの立場で申し上げるのも何なのだけれど、桐谷先生は私なんかにも本当に「寄り添って下さる」「教育をしようとして下さる」先生であったように思っている。

 

桐谷先生から学ぶべきことはたくさんたくさんあった。桐谷先生のご著書はそれこそ山のようにある。そして、直接的にも、お会いしてお話ししたりして、私は桐谷先生からたくさんのものをいただいた。しかし、それではまだ全然足りなかった、と思う。もっとお目にかかって、問うて、答えて、お話をして、たくさんのものをいただくべきだった、と思う。

 

今、お亡くなりになっているのが、本当に悔やまれるし、辛い。それは、日高敏隆先生だって同じだ。生きている「師」に、どんどん接して、どんどん問い答え、たくさんのものを得ていきたい。そうすると、おそらくきっと自分の「月」がはっきり見えてくるのではないかと思う。「師」には長生きしてほしいな、としみじみ思う。


私が存じている桐谷先生は、いつも淡々と、飄々と、涼やかにいらした先生のように思える。私が何か喋ろうとした時には、大きな両の目でひたと見据えながら、静かに聞いて下さった。私のつまらない考えでも、あ、今、確かに桐谷先生は「聞いて下さっている」という確信を持ちながら、安心して話すことができた。

 

そして、柔らかな口調でご自身の考えを教えて下さる。しかし、私が大きく間違っているような時は、その柔らかな口調を崩さないまま、本質としては「ナタで叩き割るような」ご指摘を下さることがあった。私は、その桐谷先生のスタンスが、僭越ながら大変「学者らしい」ように思えて、大好きだった。


私が最初に、学会でお目にかかった時から、既にご高齢(おそらく70代後半でいらした)だったように思う。でも全然、バイタリティ的にも気持ちの上でも、いつも前向きに没頭されるように研究をなさっていたのではないかと思う。

 

桐谷先生がちょうどご興味のあった内容と近い研究をしている、ということで、桐谷先生が大変情熱をもって「共同研究をしないか」と、私の後輩を誘われたこともあった(私は、遠慮なく後輩に嫉妬した)。桐谷先生は、その時おそらく80歳ぐらいにはなられていらっしゃったと思うのだけれど、もう本当に、いつでも研究の事を専一に考えていらしてるのだな、とこっちにも伝わってくるような感じだった。

 

私自身は自分の研究テーマでの必要があって、複数の学会で発表したりしていたのだけれど、桐谷先生とはなぜか、行く先々の学会でお目にかかった。


桐谷先生にお目にかかった最初の学会では、私のポスター発表の最中にいきなり桐谷先生はお見えになった。少し緊張しながらも、なんとか説明をやりとげた、と思う。

 

コメントをいただけるかと思ったのだけれど、桐谷先生は、私の発表の内容には触れなかった。厚かましくも、重ねてお願いすると、ただ、淡々とした口調で(しかし少し嫌そうに)「もっと他の人に見てもらって、ちゃんとディスカッションをして、作りなさい」とだけ、おっしゃった。

 

「論ずるに値せず」だ。これは本当にこたえた……。


次の別の学会で、内容をそれなりに練り直し、口頭発表をすることにした。口頭発表はPowerPointのスライドショーを使っての発表なので、部屋の照明を落として発表する。桐谷先生は、私の発表の時にほぼ最前列で聞いて下さっていた。そのため、暗い部屋の中でも桐谷先生の表情ははっきり見えた。桐谷先生は、私の発表を聞きながら大変難しい顔をなさっていた。質疑応答の時も、特にコメントはなかった。


そして三度目の発表に挑む。今度は練りに練ってチャレンジした。(この時に「ちょっと、ごもじもじさんの女子力が見たいな~。女子力高いポスター、作って下さいよ」と言われたんだけど、それはまた別の物語)本とかも買ったな……まだ「図書館で取り寄せられる」という知恵がなかった……。

 

ポスター発表形式は、説明のため、ずっとポスターの前に立っていたので、お昼のために少し抜けた。サンドイッチを食べるためにベンチに腰掛け、発表疲れもあって少しぼんやりしていた。

 

サンドイッチをかじっていると、足早に向こうから桐谷先生が近づいてきた。私のポスターの縮小版をお持ちで、桐谷先生は私を見ると「君を探していた」と仰った。

 

「この発表内容の説明が聞きたい。詳しく聞かせてほしい」

 

桐谷先生は、私の隣にお座りになって、熱心に私の発表内表を聞いて下さった。私もまた、一生懸命ご説明申し上げたように思う。(そして、いつの間にか私のさらに横に後輩がやってきて、ちゃっかり二人のやり取りを聞いていた)ご説明申し上げている最中、大きなシンポジウムがひとつ終わったらしく、目の前をたくさんの人たちが往来していく。恥ずかしい……正直、結構恥ずかしいものはあったが、かまうもんか!とそのまま説明を続けた。

 

私の説明が済んで、桐谷先生からは少し質問があり、また、私の作成した表をとても褒めて下さった。

 

「もしよかったら、これを今度の国際学会の発表に使いたい。君の名前は必ず出すので、できれば使わせてほしい」

 

多分、これは、私ごとき木っ端大学院生としてみたら、最上級のお褒めの言葉だったのではないかと思う。

 

ただ、私は本当に馬鹿だったので、「大変申し訳ありませんが、それはできません」と断ってしまった。当時の指導教官が大変怖かった、ということもある。桐谷先生は「そうか」と大変残念そうになさりながらも、その当時、ご自身が取り組まれていた研究の内容を話して下さった。お家の側にカブトムシが飛んで来られることから、その個体数を推定しつつ、「レジームシフト」という概念についてお考えでいらした。その考えと、私の図表がちょうどたまたま合致するとのお話で、それで、国際学会のお話をお考えだったとのことだった。

 

それを伺った時は本当に、あ、これは「一粒の砂の中に世界を」だ。こんな身近な、ささやかなことから、どんどん世界を広げられるのだ、さすがに長く研究をお続けになられて、第一線に常にいらっしゃる方は違うな、としみじみ思った。


また、そういった研究の場とは別に、懇親会で桐谷先生に直接お喋りをする機会が多かったのは、大変幸運なことだった。懇親会での桐谷先生は、またちょっと違う感じで、もっとさらに気さくな感じで接して下さったように思う。私の指導教官曰く、桐谷先生は普段「腰に軍手をくくりつけて、長靴を履きながらさっそうと歩き回る」というお話で、それはイメージとして、かえって洒脱な感じにさえ思えた。たくさんたくさんお話をした。特に覚えているのは、


「一日一文、書いていくでしょう? 365日経つと、365文になっている。そうするとね、それは論文になるんだよ」


というお話で、その時はそうか、そういうものか、ぐらいの感じで伺ったのだけれど、今となってみたら、とてもとても大事なことを、私に教えて下さっていたのだな、と分かる。何であったとしても、諦めずに少しずつでも続ければ、やがて必ずそれは完成するのだ、と仰りたかったのではないだろうか。


桐谷先生からもうひとついただいた、大事な言葉がある。いつの時だったか、桐谷先生がしみじみと、私に向かって


「あんたは、面白い子だ」


という意味合いのことを仰って下さった。多分、とても褒めて下さったのではないか……とは思う。嫌なニュアンスはなかった……気はする……。ただ、私には、自分のその「面白い」の中身がよく分かっていない。日高敏隆先生が仰って下さったような「(研究が)面白い」ともまた別の意味合いがありそうな気がする。まだ自分のその「面白い」の中身は見えてきてはいないけれど、自分の「面白い」をたくさんたくさん集めたり書いたりしていきながら、探っていきたいな、と思っている。