ひたすら生態学(とその近隣)の本を推していくブログ

五文字では足りなかった……!情念で押していく所存です。みんな!ここに沼があるよ!

プラネットアース イラストで学ぶ生態系のしくみ/レイチェル・イグノトフスキー(著)・山室真澄(監訳)・東辻千枝子(訳)

I

 

 


綺麗な表紙につられて、あなたはこの本を手に取る。プラネットアース、生態系、なるほど。ペラペラとめくると、鮮やかなイラストがたくさん目に飛び込んでくる。ページごとに気候や地域が分けられていることに気がつく。グレートプレーンズ、インドシナ半島マングローブ、アルプス、知らない地域、知らない気候、たくさん、たくさん、たくさん。

思っていたより説明が多く、字も詰まっている。あなたは美しいイラストに集中する。イラストを丁寧に眺めていくと、それぞれの地域に、数多くの生き物がいることがわかる。ジャッカル、カワラタケ、サソリ、オリーブ、ノガン、マダニ、ブダイ。もっと、たくさん、たくさん、たくさん。

さらによく見ると、最初は気づかなかったが、生き物から矢印が出ている。矢印の先端は、絵の中の他の生き物に繋がっている。これは、この生物がこの生物に食べられる、ということだろうか。あなたは、一枚の絵の中に収められている生き物たちが、すべて矢印で繋がっていることに気がつく。これが「系」の意味だろうか、とあなたは思う。

そうやって、あるページが「系」で構成されていることに気がつくと、他のページもすべてそうなっていること、つまり、膨大な生物が各地で 関連して存在していること、そしてそれが何ページにもわたって存在していること、その総体をこの本が収めていること、に気がつく。

さらに、知らない見出しも出てくるかもしれない。炭素の循環、窒素の循環、リンの循環。わからない。わからない。これはいったい、なんだろう。次第にあなたは、たくさん書かれた字の方を、ゆっくり、ゆっくりと読み始める。


もし生態学を全然知らない、でもちょっと興味があるな……という方に最初の一冊を薦めるならば、私はこの本を推したい。


そしてもし、この本の楽しみ方のひとつを私がお伝えできるならば、

「“Don't think, feel.” まずは『考えるな、感じろ』」

「しかるべき後に、ゆっくりと本文を読んでいき、考えていくと、どんどん楽しくなってくる」

になるかもしれない。


まずは、本書をぱらぱらとめくるだけでも、それだけでも充分楽しいのではないだろうか。なんとなく、とてもいい気持ちになるだろうと思う。本書の随所に存在しているイラストは、本当に素晴らしい。


本書から伝わってくる、この「快い」「気持ちがいい」という感覚は、とても重要なのではないか、と思う。この本によって、これら(生態系、ひいては地球全体)を、体感的に「良きもの」であると読み手に感じさせることができる。なかなかできることではないだろうし、この本のコンセプトの素晴らしさだとも思う。「さあお勉強です!真面目に!楽しんでは駄目!」といった、押し付けに近いような形ではなく、もっと読み手が能動的にすっと入っていける、納得できる形で、もろもろの知見を吸収してほしい、という気持ちを強く感じる。


そしてまた本書では、生物だけではない、生態系自体の多様さも、手応えをもって感じられるように作られているのではないだろうか、と思う。


美しくインパクトのある、生物の写真集・映像作品は、私たちに自然の素晴らしさ、美しさをダイレクトに伝えてくれる。しかし、「系」そのもの、生物間の関係性を何らかのビジュアル的な形にして表現するのは本当に難しい。しかも、そこに着目しながら、「生態系とはなにか」の全体像を捉えよう、とした本書のような本に巡りあうのは、なかなかない、それこそ「有り難い」本のように思う。


とかく生態系は複雑なので、説明する際には「典型的(?)な食物網」のような形をとってしまう傾向があるように感じられる。イネ科の植物がある、バッタが食べる、それを食べる捕食者がいる、さらに大型の捕食者がいる、ここにキーストーン種、ここにアンブレラ種、分解者をここにおき……のように、簡略化して、一括で説明していきがちではある。「とにかくまずは、仕組みをきちんと、シンプルに理解してほしい」で、通常は簡単なモデル図示で済ませてしまわざるを得ない。


しかし、本来の生態系は画一的に説明できるものではなく、むしろ地域ごとの複雑さや多様性に富んでいる。むしろその煩雑さ、多様さこそを重要視し、真正面から取り組んだのが本書の良さであり、価値の根っこの部分にあたるように思う。各地域の生態系に対して、めりはりのある色彩で何十枚ものイラストを使い、説明してくれている。そして頭のてっぺんから尻尾の先まで、徹頭徹尾この丁寧さ、この密度を維持したまま、本は作り上げられている。なんという力作だろう、と思わずにはいられない。


また、地形や気候区分に配慮しながら、説明する地域を選んでいっているのは、本当に素晴らしく、また細やかだな、と思う。高校の授業で習った「ケッペンの気候区分」を思い出される方もいるかもしれない。植物は気候の影響を直接的に受けるため、そこを基盤に成立する生態系は、地域ごとの特性を反映する形となる。気候・地形の差異が、そのまま生態系の違いとなり、多様多彩な各種の生態系を作っているのが、よくわかる作りになっている。


まあ、でも、あまり肩肘はらずに、連続してぺらぺらめくっているのだけで、本当に十分楽しくなれる。私は、よくそういう読み方をさせてもらっている。世界のかなりの地域を網羅しているため、まるで世界各地をのんびり旅して、各生態系を覗いているような気持ちになってくる。


そうやって、間口を広くとってくれているにもかかわらず、好きな人でも十分に楽しめる内容になっている。生態系?食物網?知ってる知ってる。私のような横着者に対しても、いやいやちゃんとよく見ようよ、と首根っこを掴んでくれて、美麗なイラストで圧倒的な物量を懇切丁寧に粘り強く説明してくれる。


そう、そして一方でこの本は、案外字が多い。イラストを見て「どうですか?興味が出てきましたか?そしたらこちらに、こんなご案内があるんですよ」という感じで、たくさんの説明文が配置されている。そんなに大きな文字ではなく、一方で比較的みっちり書いてあるので、実は読み応えがある。それでいてデザインの邪魔をしない、絶妙なバランスになっている。

そして基本的に、説明内容は腰の座ったあたりから入っていて、「生態系・生物多様性周りだけ」で説明していない。例えば、系統分類学的な本だったら「界門綱目科属種」で始まるであろう場所に「生物圏→バイオーム→生態系→生物群集→個体群→個体」が書いてある。「ここからきちんと説明していきますよ」という宣言のようで、これは唸った。(そして、「生物の分類」そのもののページもある。上記に加えて、ドメインの説明もされている)

また、潜ろうと思ったら、どこまででも潜っていけるであろう手がかり、フックのようなものをたくさん準備してくれている。巻末の用語集には、さりげなく「古細菌」が入っている。これはすごい、と思わされた。確かに古細菌は本文中にほんの少しだけ登場する。しかしおそらく、通常「生態系」「生物多様性」的な本を作ろう、と思った時に、本文でも少ししか触れていないこのような単語をチョイスし、わざわざ紙面を割いて説明はしないような気がする。

古細菌は(一般的な意味合いでの「生き物」として考えられる)真核生物の始祖的な系譜にあるため、確かにとても重要な生物だとは思うのだけれど、どちらかといえば系統分類・進化の文脈で出てくる生き物のように思える。私のような未熟者などは、古細菌が、生態系に対して具体的にどのように関与しているか、なんて、とてもとても上手く説明できない!「なんでそんなややこしい方面に自ら突っ込んでいくの……?生態系で分解者としてふるまう細菌だけ説明すればよくない……?」とさえ思う。しかし、そうではないのだと思う。

この本は、「生態系・生き物全体をどう考えるのか」を主軸に据えて、丁寧に説明してくれている。古細菌も生物として地球上にきちんと、確かに存在している。ならば、説明しなければならない。この、逃げず、無視せず、コンセプトに真っ向から向き合う、手の抜かなさは、本書の本当に素晴らしい点だと思う。

また、もしかすると、この項目を設けておくことで、読み手が「ああ、古細菌っているのか。キーワードに入っているから重要なのだろう。なるほど、じゃあもっと詳しく調べてみよう」と、より深く生物を知るための手がかりにするかもしれない。おそらく、そのように考えて作られているのだと思う。

そして、キーワードにはもちろん、定番中の定番の「生物的/非生物的(環境)」「キーストーン種」「エコトーン」等々も盛り込まれている。本当に素晴らしいバランス感覚で、本書はできている。

また、定番のところから、新しい知見への広がりまで目配りがゆきとどいているのは、やはり新しく出版された本の良さだな、とも思う。都市は生態系と対立する概念!みたいなものは、本当に古くなってしまったなあ、と本書の「都市」の項目を読んでしみじみ思った。

本書では、都市はまず人間の生活に不可欠であること、その中でも他種の野生動物が生活していること、が提示される(最近はこの辺の「都市の中の生物」は、概念としてかなりなじみが出てきて、特に映像作品等々でもよく取り上げられるようになってきているな、という個人的な感想を覚える)。しかし当然のように、都市拡大のための自然地域の破壊は存在している。ならば、都市計画の時点で生態系に配慮・導入することや、再生可能エネルギーを使うことにより、問題は解決するのではないか、と提示する。

都市を人間生活に必要と認めた上で、どう折り合うかを考えていこう、という流れそのものが、近年、主軸に据えられている「持続的な開発」に基づいて話を展開している。もちろん、おそらくこの概念自体も、最前線で取り組んでおられる方からすれば、必ずしも最先端ではないのかもしれない。しかし、新しく定着しつつある最中の概念を中心にして説明を行うのは、それこそ「その先」を目指すために必要な事柄であるように感じられる。


この本の冒頭にはこう書いてある。「あなたがこのページを読んでいる今、アマゾンの熱帯雨林ではジャガーが狩りの真っ最中、サンゴ礁には生き物があふれ、自転車便の配達人はベーグル片手にニューヨーク市内を走っているでしょう。それぞれは無関係なできごとのようですが、実は全ての生き物には、あなたが思っているよりもずっと共通点が多いのです」


「行ったことのない土地、見たことのない生き物たち」に想いを馳せるのは、とても楽しい。しかし実は、自分と関係ない場所ではなく、確かに自分はそこと「繋がっている」。本書はこれを、体感覚として認識させてくれている。


本書は、ビロードの敷かれた箱に入ったおいしいチョコレートのように、少しずつつまんで楽しんでいくのがいいかもしれない。そしてチョコレートよりもなお良いのは、なくなったりしないことだ(そしてたくさん摂取しても、太ったり身体が悪くなったりはしない!)。ぜひ手元に置いて、ちょっとずつ、そして末永く、楽しんでほしい本だと思う。